鈴木麦太朗(すずき むぎたろう)さんの短歌

題詠blog2012より:鈴木麦太朗さんの短歌】
お題「息」
吸う息に君の香りが混じってて余計なことをしゃべってしまう
お題「詰」
うまい棒ぎっしり詰まったポリ袋それは悲哀のひとつのかたち
お題「脂」
先輩の同じ話を聞きながら豚の脂身きれいにはがす
(鈴木麦太朗/ブログ「麦畑(題詠blog用)」より)

題詠blog2012で出会った歌の達人の一人、鈴木麦太朗さん。
投稿短歌の世界では既にベテランの域におられる方で、どの歌にも熟練の腕を感じます。
題詠blog2012では、なんと2位でゴールという俊足。それでいて百首いずれも一定以上のクオリティだからすごいです。 投稿者としての勘どころをきっちり押さえたその技巧に、妬いて妬いて妬きまくりです。

お題「息」
うーんあるある。「俺ハーフなの。滋賀と京都の」とかどうしようもないオヤジギャグ言って勝手に玉砕したり。

お題「詰」
スーパーでこのうまい棒ぎっしり袋を見た時の悲しみ、分かります。誰が悪いわけでも、何がよくないわけでもないんだけど。百円玉を握って駄菓子屋に駆け込んだ昭和の子ども達に共通する、チクリとした痛みです。

お題「脂」
「同じ話」と「脂身」の、余分で重たい感じがうまくリンクしてて笑えました。「脂」は難しいお題だったと思いますが、じゃこさんといい麦太朗さんといい、こういうところで秀歌を出してくることに力量を感じます。

ありふれた日常も視点次第でこんなに面白い、と気付かせてくれる麦太朗さん短歌。次回も続きます。

題詠blog2012より:鈴木麦太朗さんの短歌 その2】
お題「散」
ひとさじの龍角散にむせぶ夜ふと思い出す初恋のひと
お題「敗」
太陽の愛に敗れた北風は南の方に行くほかはなく
お題「貝」
つぶ貝が流れてきたら取るだろう十メートルの旅路の果てに
(鈴木麦太朗/ブログ「麦畑(題詠blog用)」より)

ふたたび、鈴木麦太朗さん。今回はちょっとしんみりする歌セレクト。そして三首目に意外な展開が。

お題「息」
風邪を引いて気弱になると、色々思い出してしまうものですよね。
ただ私の場合は、初恋の人が目の前にいて、風邪ひきはうっとうしいから早く寝ろとか言います。

お題「敗」
勝った太陽ではなく、敗れ去った北風へのまなざし。ヒールなくしてヒーローなく、例えばバイキンマンとかケムマキ君とか(古い…)、 常に敗れる運命の彼らもまた、愛すべきキャラクターなのだと思います。

お題「貝」
つぶ貝が一生を費やして這い進んだ十メートル。それが波に流され、また元の場所に戻ってしまった。
誰の人生も、いつかはこんなふうに無に帰してしまうのだろうけど、だからってけっしてそれが無意味ということじゃない、という気持ちが「取るだろう」に表れているように思います。お釈迦様の手みたい。

※上記のように書いたところで、妻から「これ回転寿司の歌なんじゃないの?」と言われてびっくりしました。
 十メートルって回転寿司のコンベアのこと?誰にも好かれず流れ続けるつぶ貝に、自分を重ねた哀歌?
 そ、そう言われればそう思えてきた。同じ歌でもこんなに解釈が違うことがあるんだなあ…。
 面白かったので、あえて麦太朗さんには真意を聞かずに両方書いてみました。
 どちらの解釈にせよ秀歌とは思いますが、はたして真相は?麦太朗さん教えて下さい!

というわけで、最後にとんだお願いまでして、麦太朗さんごめんなさい!
多作で知られる麦太朗さん、メインブログ「麦畑」にも、西村お気に入りの短歌がゴマンとあるので、また折々、紹介させて頂きます。 そしてまた、次回の題詠blogでも、その遥か遠――い背中をヒーコラいいながら追わせて頂きます!

題詠blog2012より:鈴木麦太朗さんの短歌 その2の続き】
お題「貝」
つぶ貝が流れてきたら取るだろう十メートルの旅路の果てに
(鈴木麦太朗/ブログ「麦畑(題詠blog用)」より)

歌の解釈を巡って、わが家で勃発した「つぶ貝論争」。
作者・麦太朗さんから、さすがの俊足でご回答がありました。お忙しい中ありがとうございますm(_ _)m

「つぶ貝の歌、回転寿司が正解です。
もちろん短歌は発表された瞬間から作者の手をはなれているので、どのように読んでいただいてもまったく問題ありません。むしろ作者の意図と違った読みをしていただくと、なるほど、こういう読み方もあるんだなと感心して嬉しくなります。 湯呑さんの読み、ちいさな生き物に対する慈愛の念が感じられてステキなものでした」

回転寿司だったか…( ゜д゜)←放心

いやいや、それよりも、麦太朗さんの海のように広い心にシビレました。短歌イズフリーダム!
(ひょっとしてすごく失礼なことを聞いたかもしれん、と小鳩のようにプルプル震えてました)
以前読んだ「世界中が夕焼け」という本を思い出しました。この本は、歌人の穂村弘さんの短歌120首に山田航さんという別の歌人が一つずつ解釈をつけて、さらに穂村さんが歌の真意をコメントするという構成でしたが、 山田さんの解釈、120首のうち実に半分ぐらい間違ってました。でも穂村さんは、自分の真意とは異なる山田さんの解釈を嬉々として楽しみ、時に感心しておられ、短歌の自由さを感じた楽しい本でした。
もちろん、こうやって紹介する以上、作者の意図を汲み取ろうとする努力は必要です(反省…)が、31文字の制約ゆえに生まれる幅広い解釈、という逆説性(?)も、短歌の重要な魅力の一つだと思います。

しかしそれにしても、回転寿司だったか…妻に謝らねば…( ゜д゜)←水たまりのように狭い心の湯呑さん

聞いてやるだけでも大分違うんだ そう言って奴は羽をたたんだ
(鈴木麦太朗/ブログ「麦畑」より)

以前も書きましたが、こういう謎めいた人外のモノが出てくる歌が好きです。
この歌はさらに、その人外のモノがやたら人間くさいことを言うのがたまりません。なんだこいつ(^^;

こういうファンタジックなフィクション歌は、実際に見たことのないものを想像し、かつそれを万人が想像できるように描写しなければならないので、すごく難しいと思います。(しかも三十一文字の短さの中で!)
その難しさゆえか、心象風景的な歌を詠む人は多くても、こういう物語の一場面を切り取ったようなフィクション歌を作る歌人さんは、現在あまりいない気がします。
かつて穂村弘さんや笹井宏之さんが得意としたこのジャンルが、廃れずに続いていくといいなあ…と思う湯呑としては、ベテランながらこういう歌にも積極的に挑戦される麦太朗さんの存在がとても心強いです。もっと作って下さい(^^;←作れない自分を棚に上げて

※その麦太朗さん、なんと平成24年度NHK全国短歌大会で大賞を受賞されました!!
やっぱすごいや麦太朗さん!  \(^o^)/  「オレ受賞される前から麦太朗さん知ってたもんね〜」って自慢しまくるぞ!(※短歌やる人ならたいてい知ってます)

【今後紹介予定のお気に入り短歌:鈴木麦太朗さん】
空高くシャトルコックを打ち上げてちからのかぎり父は笑った
(鈴木麦太朗/「歌会たかまがはら」 お題「親」提出歌)
水道の水飲まないと決めてから水道の水飲まなくなった
(鈴木麦太朗/ブログ「麦畑」より)
ご近所とうまくやりなと言うようにリンゴびっしり詰まってました
(鈴木麦太朗/ブログ「麦畑」より)
新しい車はいいねなんたってタイヤのゴムのピンピンがいい
(鈴木麦太朗/ブログ「麦畑」より)
いつのまにか靴下の穴はつくろってあって私は恥をかかない
(鈴木麦太朗/歌集「日時計の軸」より)
プライドを拾い集めて燃やしたらときどきバチッてはじけるだろう
(鈴木麦太朗/歌集「日時計の軸」より)
「どんぶらこ」なんてすてきなオノマトペたぶん僕らは死ぬまで子供
(鈴木麦太朗/歌集「日時計の軸」より)
ZOOという文字は子どもに書きやすいOから顔を出したりできる
(鈴木麦太朗/歌集「日時計の軸」より)
きみどりのボタンを押せばお茶がでる裏で誰かが頑張っている
(鈴木麦太朗/歌集「日時計の軸」より)

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