俵万智(たわら まち)さんの短歌

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
(俵万智/「サラダ記念日」より)

すでにものすごく有名な歌ですが…誰にでもすんなり意味がとれて、矛盾したおかしみがあって、そして「あたたかさ」を わけてもらったようなほんのりした気分になれる、すばらしい歌。こういう歌を作りたい!と日々モキュモキュしております。

おしまいにするはずだった恋なのにしりきれとんぼにしっぽがはえる
(俵万智/「会うまでの時間」より)

俵万智さんらしい、茶目っけのある楽しい恋の歌。「焼けぼっくいに火がつく」みたいなおっさんくさい表現より、未来の辞書はぜひ「尻切れトンボにシッポがはえる」を載せてほしいです。

タグが好きシャツもタオルも人形もとりあえずタグいつまでもタグ
(俵万智/「プーさんの鼻」より)

俵万智さんが、まだ赤ちゃんのわが子を詠んだ歌。タグにご執心なのが、なんともかわいらしいです。
歌集「プーさんの鼻」は、実にその大半がお子さんのことを詠んだ歌で占められています。 どこへも行かず子育てに専念していたにも関わらず、大好きなわが子の成長を日々見つめる中で、 むしろいつもよりハイペースで歌ができていったそうです。
自分の愛するもの、大好きなものを歌にして、珠玉のタイムカプセルを積み重ねていく。 俵さんはそういう意味のことを常々書いておられますが、短歌って、ほんとそういうものだと思います。

「とんちんかん」と書かれたページで子は笑う必ず笑う「とんちんかん」で
(俵万智/「プーさんの鼻」より)

小さな子のかわいらしさ全開の歌。意味は分からなくても「とんちんかん」の響きがツボだったんでしょうね。
正月に会ったわが甥っ子(3)も、どこでおぼえたのか「それで結構クソけっこー」というたいへんお上品なフレーズがお気に入りで、回らない舌で延々そればっかりでした。
掲載歌、よく見ると前半五七五が全体的に字余りなのですが、かえってそれでリズムよくコミカルに読めるように思います。そこらへんやっぱりすごい俵万智さん。

出ていけと思ったこともあったっけ 行ってしまった欅のむこう
(俵万智/「会うまでの時間」より)

この歌は俵万智さんが高校の先生をしておられた時のもので、教え子の卒業式を詠んだ歌です。
そういう背景も作者名もまったく知らずに読むと、頑固親父が、娘が嫁ぐさみしさを詠んだようにも思えます(^^;
(でもそれだと、出ていけと「思った」じゃなくて「怒鳴った」かな…)
「欅(けやき)」が外界との境界線であるとともに、大木のイメージが、出ていく者の保護者であった作者自身を象徴していて、巣立っていく子どもたちを少しさみしげに、でも祝福を込めて見送る情景が想像され、あたたかい気持ちにさせられます。

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