短歌×写真のフリーペーパー「うたらば」や、スーツグラビア+短歌連作アンソロジー「短歌男子」で、今年(2013年)も短歌界隈を大いに賑わせてくれたこの世界きっての仕掛け人・田中ましろさん。
そのましろさんの歌集「かたすみさがし」が出ました。仕掛け人らしく、コラボ企画がぎっしり詰まった前代未聞の歌集です(特設サイト)。
ましろさん短歌のずば抜けた地力を知るうたらばファンとしては、「ここまで宣伝や特典に力を注がなくても、短歌だけで十分勝負できたのでは…?」と思ったりするのですが、内輪にとどまらず、短歌に馴染みのない人にもその魅力をアピールしていく姿勢を忘れない、ましろさんの信念なのでしょう。さすがのプロ意識です。
春の日に手を振っている向かい合うことは誰かに背を向けること
もう一目惚れ。何かを得るためには、何かを捨てなければならない。春の日の旅立ちは希望に満ちているけれど、旅立つためにやむをえず捨てたもののことは、ずっと忘れないようにしたい。そんな複雑なシチュエーションが詰まった、見事な歌です。
初雪にどちらが先に気付いたか言いあらそって朝焼けの坂
情景の美しさが素晴らしい。キラキラしていますね。「言いあらそって」いるんだけど、とげとげしい感じはまったくなく、恋人同士のじゃれあいであることがすんなり分かります。「あらそって」をひらがなにした工夫も生きていると思います。
ひとつだけ思い出すなら夏の日の海に浮かんだ父との写真
この歌はましろさんのお父さんの闘病の日々を詠んだ、一連の作品の最初の歌。作品中にも胸を締め付けられる凄絶なものがいくつもあるのですが、そのリアリティゆえに、どうにもこういうものに弱い湯呑は、しっかり直視できませんでした。ごめんなさい。
この最初の歌は、まだましろさんが小さい頃の、家族で海へ行った時の思い出の写真を詠んでいるのでしょう。父の背中はとても大きくたくましく、自分は力も知恵もなくても、何もおびえることなく安心していられた幸福な日々。あとに続く、父を衰えさせていく時間の流れの残酷さを予感させる、悲しい一首です。
「わたしたち、結婚します」 すの丸が変わらず大きい君の直筆
コノ歌ニ何カコウザックリトエグラレルノハ、湯呑ダケデハナイト思ウノデス(;;) ←壊れている
こういう一行ストーリー、もうもう大好きです。
ビー玉をのぞけば大きくなる瞳 神様よこれが僕のいのちだ
この歌、いちばん好きです。ストレートでシンプルで、強い。「字余りにしてでも入れる必要がある言葉」として、この歌の「神様よ」の「よ」以上に説得力のある例を知りません。
色々なタイプの歌が詠めるテクニシャンなましろさんですが、芯のところでこういうど直球を投げてくるところが、本当のすごさだと思います。