穂村弘(ほむら ひろし)さんの短歌

「海にでも沈めなさいよそんなもの魚がお家にすればいいのよ」
(穂村弘/「シンジケート」より)

穂村弘さんの短歌には、この歌のように「穂村さんの彼女の一言シリーズ」とでも言うべき作品がしばしばあって、どれも意味深ですごくツボです。この歌の「そんなもの」がどんなものなのか という説明は一切ないのですが、私の解釈では、「そんなもの」は「指輪」などの実際の物ではなく、「プライド」とかそういうものじゃないかと思います。そんなつまんないもの、お魚さんにあげちゃいなさい。屈託のない笑顔でそう言ってくれる、オトナな彼女がとても魅力的です。

「猫なげるぐらいが何よ本気出して怒りゃハミガキしぼりきるわよ」
(穂村弘/「シンジケート」より)

「穂村さんの彼女の一言シリーズ」その2。 啖呵の短歌。←これが言いたかった
猫を投げる<ハミガキをしぼりきる、という奇妙な強弱感覚を大まじめに語る彼女は、 そもそもケンカなどめったにしない優しい人なのでしょう。そんな君を怒らせてしまってごめんね、 という作者の気持ちまで伝わってくる、ケンカなのにほのぼのした歌です。

「その甘い考え好きよほら見てよ今夜の月はものすごいでぶ」
(穂村弘/「ドライ ドライ アイス」より)

「穂村さんの彼女の一言シリーズ」その3。 場面を想像するに、「俺、もっと頑張って、今に売れっ子になって君を迎えに来るから」とか、 根拠のない夢を語る彼に向かって、彼女が言った言葉と思います。
「それは甘い考えよ。でも、うれしいな。ありがとう。ねえ、私ね、満月って嫌い。あれは満ち足りてるんじゃなくて、 太りすぎた月。新月からだんだん大きくなろうとする月の方が、ずっときれい。私は今が一番幸せなのよ」
彼の夢に安易に迎合せず、でも気持ちは否定せず、ただ彼が無茶をしないよう気遣っている、優しく賢い女性が想像されます。

※実は、最近刊行された「世界中が夕焼け 穂村弘の短歌の秘密」という本で穂村さんがこの歌について解説しておられ、それは上記のようなものではないのですが、ここではあえて、私が最初に読んだ時のイメージで書きました。

「芸をしない熊にもあげる」と手の甲に静かに乗せられた角砂糖
(穂村弘/「シンジケート」より)

「穂村さんの彼女の一言シリーズ」その4。
これもおそらく、売れなくて貧乏暮らしをしている作家のタマゴと、明るくポジティブに彼を支えてくれる彼女…というシチュエーションだと思います。
ちなみに穂村さん自身は、会社勤めしながら執筆業もする二足のワラジ生活を経て、売れてから専業作家に転身されたので、ご自身の経験ではないはず(←何気に穂村フリークな湯呑さん)。 でもこの歌の他にも「安アパートに同棲する二人」みたいな歌を多く詠まれているので、きっと穂村さんこういう「神田川」っぽい設定が好きなんでしょうね(^^; 私も好きです。
なかなか芽が出ない彼を「芸をしない熊」と揶揄しながらも、気分転換のお茶に誘う、優しい彼女。穂村さんの歌は、どん底にありながらもどこか希望があって、温かい気持ちにさせてくれます。

約束はしたけどたぶん守れない ジャングルジムに降るはるのゆき
(穂村弘/「ラインマーカーズ」より)

すごく心に響いた歌ですが、言葉で説明するのが難しい…。
しいて言うなら、「はるのゆき」は普通は地面に落ちて積もらず消えてしまうものだけど、ジャングルジムの冷たい鉄格子に触れてしまうと、そのまま凍てついてしまう。周囲は春なのにそこだけは冷たいままの、誰も遊ばない遊具…という寒々しい光景が、約束をおそらく守れないであろう自分のふがいなさを責める気持ちを表わしているように思います。
どうみてもポジティブではない歌ですが、強い自責の念から逆にその人の優しさが感じられ、この人(穂村さん??)に春が来るように…と祈ってしまう一首です。

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