東 直子(ひがし なおこ)さんの短歌

一度だけ「好き」と思った一度だけ「死ね」と思った 非常階段
(東直子/「春原さんのリコーダー」より)

「死ね」のインパクトが強烈ですが、不思議と恨みがましい感じがしません。人目を忍んで、非常階段で芽生えた恋は、 やがて一方的な別れによって唐突に終わらされてしまった。その時は彼をずいぶん恨んだけど、今はただ懐かしい思い出として、非常階段を 見上げられる。短いフレーズに物語がぎっしり詰まった、大好きな歌です。

電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言ってよ
(東直子/「青卵」より)

「怒涛の寄り身」な迫力の、恋の短歌。でもこれは、実際に言っているんじゃなくて心の声なんだと思います。 好きな人との会話の中で、ごくたまに出現するレアな口ぐせをゲットした時の達成感。 直接「言って」と頼んだらミもフタもないわけで、あの手この手で言わせるのが醍醐味なのです。もう恋愛中毒ど真ん中。

はなこさんがみかんを三つ買いました おつりはぜんぶ砂にうめます
(東直子/歌集未収録作品)

ななななんでやねーん、とつんのめってしまう歌。東さんのこういうセンス大好き。
今のところネットにしか載ってない、歌集未収録の歌と思われますが、ぜひ後世に残してほしいです。

つきあたりを曲がって上に出てみれば焼野原かもしれないけれど
(東直子/「十階」より)

人をくったような感じの歌ではありますが、なんか好きです。
われわれ関西人にありがちですが、「○○って××やと思うんよね。知らんけど」っていう人いますよね。
知らんのやったら言うなー!!と周囲からツッコまれるハメになるわけですが、でも個人的には、知らなくても何か言わずにはおれないおせっかい焼きも、あったかくっていいなと思います。
掲載歌も、例えば人生の岐路に迷う少年に、めちゃくちゃなアドバイスをする世話焼きおばさんみたいな。
「アンタの人生なんか知らないよ。自分で決めな」が正しい対応かもしれないけど、そうじゃなくて、答えのない問いだからこそ、チャチャを入れてくれるだけでもずいぶんと心強いものですよね。
「焼野原ってなんやねん!もうええわ!」とツッコみながら、少年は笑顔で歩き出すのでした。

後悔が残るくらいがちょうどいい春あわゆきのほかほか消える
(東直子/「春原さんのリコーダー」より)

( ゜д゜) リピートアフターミー! 「後悔が残るくらいがちょうどいい」!!
…このフレーズ大好きです。こういう台詞が言える大人になりたい三十ウン歳の子どもです。
「後悔」をポジティブにとらえ、「ゆき」なのにあたたかいイメージのこの歌、超お気に入りです。
何かを後悔した時は、この歌を思い出しましょう。僕なんか毎日思い出してるよ!

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