あるあるのうた ポジティブ短歌のサイト

好きな歌人さんの短歌紹介と、たまに自作短歌を詠むサイトです。

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◇2015.11.01◇

【「めためたドロップス」シリーズより8首!】
チューペットぽきんと折った瞬間のぽきんは庭で遊んでいるよ
(小川千世/めためたドロップス)
返信を待つあいだだけ鳥になりシナモンロールのある町へゆく
(ゆいこ/めためたドロップスU)
西宮北口でまず乗り換えなあかん火星に攻めこむときも
(じゃこ/めためたドロップス)
あと残り僅かなHPで助詞の足りないメールを送る
(ショージサキ/めためたドロップス)
忘れなきゃいけないことは何ひとつしてないと咲き誇るひまわり
(まひろ/めためたドロップス)
のど飴の袋がからになる前にわたしの風邪は治ってしまう
(浪江まき子/めためたドロップスS)
物欲は愛かもしれずさみしさに負けそうな日は都会で過ごす
(奈良絵里子/めためたドロップスU)
当たったり障ったりしたことさえもエンドロールであふれだすのか
(山田水玉/めためたドロップスS)

めためたドロップス」シリーズは、「かわいい」をテーマにした20~30代女性歌人8人による合同作品集です。
2013年春の大阪文学フリマで初代「めためたドロップス」が発売され、短歌同人誌らしからぬポップなタイトルや装丁、そして何より内容の充実度が大きな反響を呼びました。同時期発売であった田中ましろさんプロデュースの「短歌男子」と対をなすようなかたちにもなり、当時のツイッター短歌クラスタを大いに沸かせた起爆剤のひとつでした。

その後、2014年秋に第2作「めためたドロップスU(ユニヴァース)」、そしてこの2015年秋に第3作「めためたドロップスS(ストーリーズ)」が発表され、不動の人気を確立しながらも、惜しくもこの三部作をもって「めためたドロップス」シリーズは完結することとなりました。

三部作を通した評としては、牛隆佑さんのブログ「消燈グレゴリー」に書かれた評が詳しくかつ秀逸で、特に「(作者たちは)それぞれ個性がばらばらな八人なのに、一冊を通して読むとまるで『めためたドロップス』という一人の人格であるように思えてくる」との指摘はまさに私もひしひし思ったことで、もう湯呑の余計なチャチャ入れなんか書くのやめとこうか…とも思いましたが、この際、牛さん評に便乗して、一人の「めためたさん(仮)」が生みだす短歌として、「めためたドロップス」シリーズの感想を書いていこうと思います。

チューペットぽきんと折った瞬間のぽきんは庭で遊んでいるよ (小川千世)

まずは王道の「かわいい」から。小川千世さんの描くめためたさん(仮)の少女らしい空想癖にはもう何というか秒殺されてしまいます。
しかし連作を読み進めていくと、天真爛漫な笑顔の裏に、色々な苦労があったことが透けて見えます。そのうちの大きな一つが母との確執で、空想癖はそれから一時的に逃避するための術でもあったのでしょう。
やがて苦難の末にめためたさん(仮)は同棲相手とめでたく結婚し、母との葛藤とも向き合って、どうにか心に折り合いをつけたようです。
やっほーといえばほっぴーと返事する母へ あなたを愛しています (小川千世/めためたドロップスS)
一首だけ見れば直截すぎる下句ですが、長い長い苦難の末にようやくそう言えたということが、上句の突き抜けた明るさと相まって、あたたかい読後感にひたれます。

返信を待つあいだだけ鳥になりシナモンロールのある町へゆく (ゆいこ)

ゆいこさんの描くめためたさん(仮)も、小川千世さんにひけをとらない秒殺級のかわいさですが、整った大人っぽい文体と「シナモンロール」の幼さのアンバランスな感じが、どことなくちょっと小悪魔的に思えます。
しかしこの世知辛い世の中を生きていくためには、小悪魔も女王様もある意味女性には必須のスキルであり、けっして好きでやっているわけではなく、世に出て傷つきながら会得した技なのでしょう。そう思わせる、はっとした短歌がこれ。
ふわふわと過ごしていると思うでしょう? そう思っててください、どうか (ゆいこ/めためたドロップスS)
道化師がふいに吐いた本音のような、胸に突き刺さる凄みのある一首だと思います。

西宮北口でまず乗り換えなあかん火星に攻めこむときも (じゃこ)

チーム「めためたドロップス」のキャプテン、我らがじゃこさんが描くめためたさん(仮)は、一転してなんやもーよーわからん無敵のかわいさ。本来ならキャプテンとして筆頭に挙げるべきなのですが、ぶっちゃけ話がややこしくなるので三番目にしました(^^;)
しかしこのじゃこ人格(?)の存在はめためたさん(仮)の全人格における核のようなものであり、今ドキ女子のただ単にかわいいだけではない実力がここにあるように思います。ナメて近づくと違う意味で秒殺されます。
このラスボス、いやキャプテンのインパクト抜群の短歌と、デザイン他総合的なプロデュースによって、「めためたドロップス」は一個の人格となり、歌集としての深みを持つとともに、短歌にあまり興味のない人にも親しみやすい作品になったと思います。
そんなキャプテン・じゃこ人格のひとつの到達点ともいえる短歌が「めためたドロップスS」にあります。

小京都巡るわたしの存在が大きすぎたりしないでしょうか (じゃこ/めためたドロップスS)

ぷちっ(湯呑さんがつぶされた音)

あと残り僅かなHPで助詞の足りないメールを送る (ショージサキ)

ショージサキさんの描くめためたさん(仮)は、全力で恋愛をする一途なかわいさ。残念ながら失恋してしまうことが多いようですが、未練や彼の彼女への嫉妬は歌にするものの、けして彼を責めることも、彼の幸せを乱そうともしないところが切なかわいいです。
HP(ヒットポイント)がわずかというのは、もちろん実際に死にかけているわけではなく、失恋の痛手で参っている状態で、しかしそれでも彼への最後のメールを、おそらく穏やかな内容でなんとか送ったのでしょう。不器用かわいいぃぃ(> <)
街じゅうの発光してるカップルを宇宙人だと思って寝ます (ショージサキ/めためたドロップスS)
なかなか実らない恋に嫌気がさして、めためたさん(仮)は時に引きこもることもあるようですが、「宇宙人」という表現が、「自分とは関係ない(でも内心めっちゃ気になる)」という心理を如実に表していて、ああいずれまた恋をするんだなーと思ったり。どうかいつかめためたさん(仮)の恋が成就しますように…。

忘れなきゃいけないことは何ひとつしてないと咲き誇るひまわり (まひろ)

まひろさんが描くめためたさん(仮)は、世の中の酸いも甘いも嚙み分けた、アネゴ肌のカッコよくてかわいい女性。連作では世の中の理不尽を鋭く突いた歌が多いですが、ここではあえて一風変わった歌を選びました。
過去なんかけっしてふり返らずにぐんぐん前に進みそうな硬派な女性が、ひまわりを見てふっとつぶやいた独白。言わないだけで、けして忘れてはいない、恥じてもいない過去の数々。太陽をまっすぐ向いて立つひまわりのように胸を張る姿が、女性だどうだというよりも人間的に美しい素敵な一首です。
今朝はもう枯れてしまっていたけれどこれはひまわり 夏の手紙だ (まひろ/めためたドロップスS)
そして、数年を経た「めためたドロップスS」のまひろさんの連作の最後の一首がこの歌でした。かつてより少し大人になって、つらいことも色々あったけど、けっして芯は変わっていない。枯れたひまわりにぎっしり詰まっているであろう種が、つつましくもかけがえのない人生の収穫であるように思えます。

のど飴の袋がからになる前にわたしの風邪は治ってしまう (浪江まき子)

浪江まき子さんの描くめためたさん(仮)は少しネガティブでかわいそかわいい。そういうのもあるのが人間ですよね。歌にされるとドキッとするけれど、この歌のような軽微な破滅願望みたいなものは誰にもあって、そこから目を背けてしまうのも何か違う気はします。(お前が言うなポジティブ野郎×100)
しかし、本当にネガティブな時は短歌も作れないもの。弱い自分を直視できるめためたさん(仮)は、実はけっこう強いのです。そんなめためたさん(仮)を支えているのは、初代「めためたドロップス」に出てくる夢と、それをくれた人たちではないでしょうか。
先生とみんなが呼んでくれるから本当の先生になろうと決めた (浪江まき子/めためたドロップス)
残念ながらまだ夢は叶っていませんが、たとえ叶わなくても、こうした思い出がある限り、めためたさん(仮)は自分の弱いところも抱きしめながら、またゆっくり歩んでいくのです。

物欲は愛かもしれずさみしさに負けそうな日は都会で過ごす (奈良絵里子)

奈良絵里子さんの描くめためたさん(仮)は、かなり大人っぽく理知的なかわいさ。街で買い物ひとつするにも、その理由を哲学的に考えてしまったりする真面目さんです。
その利発さを活かして小ずるく立ち回ることもできたはずなのに、奈良さんのめためたさん(仮)は、賢いのとおんなじぐらい優しいために妥協ができなくて、いつもいつもしんどい道を選んでしまう。ショージサキさんとはまた違った不器用かわいさですね。
このめためたさん(仮)を象徴するような歌がこちらです。
人間になろうとおもう出会う人すべての死に目を想像したい (奈良絵里子/めためたドロップスS)
「死神でない人間は出会う人すべての死に目に会えないしくみ」(同)と対になる歌ですが、様々な経験を経てなおその優しさを失わないめためたさん(仮)は、かわいいを超えて聖母のような美しさだと思います。

当たったり障ったりしたことさえもエンドロールであふれだすのか (山田水玉)

山田水玉さんの描くめためたさん(仮)は不思議ちゃん風味のかわいさですが、その実、慣用句をもじった歌が抜群にうまかったりする隠れ知性の持ち主です。
この歌は「当たり障りのない」という決まり文句をもじったものですが、当たったり障ったりする人生はしんどくとも、当たり障りのないそれよりずっとずっと濃く充実していて、なんとなくそれはこのめためたドロップスメンバー同士の作品作りの日々を指しているようでもあり、また彼女らが形づくるめためたさん(仮)の、歩んできたこれまでの人生を表しているようにも思います。
ふつう映画などのエンドロールには、そんな当たったり障ったりした都合の悪いことには触れないものですが、この歌では触れるどころかあふれだしている。でもそれこそが、めためたさん(仮)の本当のかわいさ、美しさであるように思え、そしてまたこの歌が、喜怒哀楽の詰まった「めためたドロップス」シリーズの完結にふさわしいように思えます。
それでは最後にもう一首、山田水玉さんの描くめためたさん(仮)による、めためた風味が凝縮されたこの歌で締めてもらいましょう!

宵越しの金輪際は持たねえぜ愛とは後悔でもしたいこと (山田水玉/めためたドロップスU)

うおおおおおカッコ(≧∀≦)イイ!!!!!!!!

===
というわけで、「めためたドロップス」シリーズより、8首どころか16首のご紹介でした!(^^;)
実際には短歌の他にもエッセイやショートストーリーもあり、20~30代という人生でも転機の多い時期に、生み出されるべくして生み出された作品の数々は必見です。
まだ「めためたドロップスU」と「めためたドロップスS」は入手できるようですので、興味のある方はぜひ公式アカウントへ!

◇2015.9.27◇

【「なごたん。(結)」より13首!】
結び目のとちんこちんが緩くなるとんちんかんな君のやさしさ
(ルイド リツコ)
条約を結んでおこうこの店でジャムを買うのは七回までだ
(廻)
思いきり泣いてもいいよ約束はちょうちょ結びにしておいたから
(氷吹けい)
緩めるをはじまりとして帯紐の先に子犬を遊ばせている
(津野桂)
指切りで結んだ些細な同盟も覚えてるいつか別たれるまで
(ニキタ・フユ)
結い上げた髪の重さにしないつつ顔を上げれば祝福の雨
(新谷希)
ああなんと残酷な日か朝顔の蔓を結んだままで旅立つ
(綿菓子)
結ばれるなんて夢など見れぬほど果てしない未来(さき)指し示す君
(おちゃこ)
2階へと結ぶあかるい階段が決めてだなんて軽やかに言う
(気球)
ぎしぎしと連結は軋み不器用な車両を今日も駅へと運ぶ
(希和子)
むすんでもひらいてみても何もない手のひらに描く未来予想図
(劇団カルシウム)
結末はキスしてふたり眠ったのそんな映画をTSUTAYAで借りた
(きょん姫)
やわらかなリボンで結ぶ本当のラ・マンになれたはずの晩秋
(いないずみ。)

なごたん。」こと名古屋女子短歌会のネットプリント第5弾、「なごたん。(結)」が出ました。
今回はとてもとてもうれしいことに、なごたんメンバーの綿菓子さんと不肖湯呑がこのほど結婚致しましたことを記念していただき、テーマが「結」となっております。以下涙ちょちょぎれながら感想書いていきます。

結び目のとちんこちんが緩くなるとんちんかんな君のやさしさ (ルイド リツコ)

「とちんこちん」がイイ(≧∀≦)
初めて聞きましたが、結び目が固いことを指す言葉だろうとすんなり分かります。
この「君」は、たとえば風邪をひいたと言えば養命酒を買ってくるような、どこかズレた人なのでしょう。
でも日々の悩み多き主体にとって、恋人の天然ボケはむしろ救い。現状で解決できないからこその悩みなのに、えらそーに解決策を語られるとムカッとしますが、方向が150°ぐらいズレた珍答であればもう笑うしかなくて、固くからまった心の結び目も緩んでくるというもの。
「とちんこちん」「とんちんかん」の言葉の響きが面白く、かつ悩み多き現代人なら誰でも共感できるストーリーを描いた、心にすとんと落ちてくる秀歌だと思います。

条約を結んでおこうこの店でジャムを買うのは七回までだ (廻)

これはきっとジャム屋さん(?)の店員さんに一目惚れしたのですね。この場合、条約の締結先も、締結元も自分なのでしょう。自分条約。
七回の間にアクションを起こせなかったら、あるいは起こしても脈がなかったら、すっぱりあきらめる。わかる、わかるわーその気持ち。(何か思い当たる過去があるらしい湯呑さん)
こういうのはきっと、ジャムの消費が異常に速いせいで、三回目ぐらいでバレるでしょう。

「あの…お客さんもしかして」

「そ、そうなんです」

「大家族なんですね」

「」


・・・わかるわー。

思いきり泣いてもいいよ約束はちょうちょ結びにしておいたから (氷吹けい)

ちょうちょ結びは簡単にほどける結び方。つまり「約束を破ってもいいよ」と暗に言っているのでしょう。
強がりで、しんどさを抱え込むタイプの恋人への優しい一言。「ちょうちょ結びにしておいたから」のもってまわった言い方も、彼のプライドへの配慮でしょう。
もしかしたら男女の別れのシーンなのかもしれませんが、いずれにしても、聡明な女性の思いやりにあふれた一言を、うまく切り取った一首だと思います。

緩めるをはじまりとして帯紐の先に子犬を遊ばせている (津野桂)

安産祈願の戌の日のお参りですね。(行ったことはありませんが…) 腹帯を巻いて、安産のシンボルである子犬のお守りをつけている妊婦さんの穏やかな描写があったかい一首です。
ふつう帯は結んで締めるものですが、妊婦さんですから、これからはだんだん緩めていくことになります。この歌はその逆転の発見であるとともに、新たな命が結ばれ、少しずつ大きくなっていくことを帯で比喩的に表してもおり、面白さの中に荘厳さも感じられる、優れた一首だと思います。

指切りで結んだ些細な同盟も覚えてるいつか別たれるまで (ニキタ・フユ)

幼い頃の指切りげんまん。「ずーっと味方だよ」とかなんとか、内容も期限もないそんな約束を、主体はずっと忘れないのでしょう。
大人になった二人がどうなったかは直接書かれていませんが、そんな「些細な同盟」だけをおぼえているぐらいですから、結ばれることはなかったのでしょう。
ここでいう「別たれる」は死別だと思います。相手や自分が結婚してもなお残り続け、いつか音もなく消えていく約束。哀しくもとてもきれいな一首です。

結い上げた髪の重さにしないつつ顔を上げれば祝福の雨 (新谷希)

「祝福の雨」というフレーズから、結婚式のシーンだと思われます。慣れない重さにふらつきながらもまっすぐに空を見上げる花嫁。「髪の重さ」が象徴するこれまでとこれからの色々が胸を打ちます。
「祝福の雨」は、結婚式で雨が降った時に、それを神の恵みとして喜ぶ言葉(ググった)。物は言い様、といえばそれまでですが、災いも転じて福となしていこう、という花嫁の健気な強さが感じられます。
この歌はなんとなく、主体は花嫁自身ではなく、列席者が花嫁の姿を描写した歌に思えるのですが、甘々になりがちな祝いのシーンにあえて現実の厳しさを折り込み、それでもなお凛として立つ花嫁を描くことによって、主体の花嫁に対する深い愛情が感じられる美しい歌だと思います。

ああなんと残酷な日か朝顔の蔓を結んだままで旅立つ (綿菓子)

ここでこの回に殺伐短歌を出してくるところがこの方の真骨頂というかなんというか。
しかしよくよく読めば妙に滑稽で、そして優しさのにじむ歌です。
朝顔の蔓を結ぶというのは(おそらくひどいフラれ方をした)主体の復讐だと思いますが、やられた相手はちょっとびっくりするかもしれませんが、まあそれだけのこと。刺されたり燃やされたり鏡にルージュの伝言されたりするよりもずっとましです。でも主体はそれを「残酷」と言って恥じている。
花が咲いた朝顔の蔓を結ぶのは難しいでしょうから、主体はきっと朝まだ暗いうちに恋人の家を出て、出がけに結んでいったのでしょう。そして今頃は朝日がさんさんと差し込む電車に揺られ、結ばれたまま咲いた朝顔をぼんやり思い浮かべている。
主体のみじめかわいい感じと、爽やかな夏の朝の光景がマッチして、ほんわかした気分になれる一首です。

結ばれるなんて夢など見れぬほど果てしない未来(さき)指し示す君 (おちゃこ)

この「君」はおそらく小さな子どもだと思いますが、おませさんが大人である主体に、「結婚しよう」なんて言ったのでしょうか。主体は苦笑して、成人まで十数年かかるであろう彼の小さな指先をまぶしく見ている。
なんとなく「いつか交わる平行線がある」(北大路京介さんの自由律俳句集より)を思い出しました。見えないくらい果てしない先だからこそ、どんな不可能も可能になるかもしれない。大人なら絶望してしまう長い長い時間も軽々飛び越える、子どものムテキ感が光るポジティブ歌です。

2階へと結ぶあかるい階段が決めてだなんて軽やかに言う (気球)

単に引っ越しの歌ともとれますが、それだけだとちょっと意味が取りきれません。やはりお題とも掛けて、新婚カップルの新居選びと考えるべきでしょう。そして主体は「決めてだ」と言う話者の親でしょう(決めつけ)。
主体は「あかるい階段」で物件を決めてしまったわが子をあきれて見ている。そんなんで大丈夫かアンタ。アンタの選んだ配偶者も大丈(ry
…でも主体は本人には何も言ってない感じです。言ってたら短歌にしない。言いたい気持ちをぐっとこらえて、にこやかに頷いている。そんな親心。
また、「2階へと結ぶ」はわざわざ言わなくても、階段とはたいてい上階へ結ぶものですが、あえて言っているところに、子の幸せ、ステップアップを願う親の思いがにじんでいるように思えます。
戸惑いながらも子の選択を見守る親の心情をうまく描写した、場面の切り取り方が見事な歌だと思います。(全然違う歌意だったらどうしよう)

ぎしぎしと連結は軋み不器用な車両を今日も駅へと運ぶ (希和子)

「不器用な車両」に笑いました。確かに電車の車両って揃って不器用そうですね。そして連結部分というのもたいてい武骨な造りで、頑丈だけどたいがい不器用そう。「自分、不器用ですから」って言いそう。そいつらが不承ぶしょう手を取り合って、ぎしぎし言いながら駅から駅へと日々走っている。
いがみ合いながらも、芯のところでがっしりつながっている仲間同士の絆の比喩として、着眼点の面白さが光る一首だと思います。

むすんでもひらいてみても何もない手のひらに描く未来予想図 (劇団カルシウム)

童謡「むすんでひらいて」を無邪気に歌っていた時期は過ぎ、むすんでひらいてもそこには何もないこと、ポケットを叩いてもビスケットは割れるだけで増えていないことなどが分かってきたお年頃の子どもでしょうか。
この子どもはけっしてそこでグレたりせず、無けりゃ無いで自ら未来予想図の図面を引いていこう、というDIY精神が素敵です。何もないからこそ自由に描ける、というポジティブ思考もすばらしい。こんな健気な子なら、いつかその手でブレーキランプを5回点滅させる日も来ることでしょう。

結末はキスしてふたり眠ったのそんな映画をTSUTAYAで借りた (きょん姫)

主体の過去の恋バナかと思いきや映画、映画かと思いきやTSUTAYAのレンタルDVD…とどんどんショボくなっていくのが面白い歌です。
この歌が、たとえば男性の「休みの日とか何してんの?」への回答だとしたら、男性は目を白黒させるでしょう。でも最後のオチで希望の灯がともってめでたしめでたし。
茶目っ気のある女性を描いた、ユーモアのある一首だと思います。(全然違う歌意だったらry)

やわらかなリボンで結ぶ本当のラ・マンになれたはずの晩秋 (いないずみ。)

大人短歌の名手、いないずみ。さんならではの一首。晩秋の街にたたずむさびしげな女性が目に見えるような、美しい情景の歌です。「なれたはず」で実際にはなれなかったことを表すあたり、もうもうさすが。
「ラ・マン」は女性側からみた男性の愛人を指す言葉のようですが、ここでは「愛人関係」と読むのが妥当と思います。相手の幸せのために、自分は身を引いたのでしょう。
やわらかなリボンで結ぶのは、お別れのための最後の贈り物。呪いっぽくリボンでぎゅうぎゅうに締め上げてもいいところを、やわらかく結んでるあたり、切ないですね。結ぶという行為には、自分たちは実際には結ばれなかったけれど、心で結ばれている…といった含意もあるのでしょう。悲しくもあたたかい、ストーリー性にあふれた一首だと思います。

===
というわけで、「なごたん。(結)」から13名の作品のご紹介でした!ネットプリントには13名どなたももう一首、別の力作が載っていますので、ぜひ、天むすの背景が福々しいネプリを入手して、なごたんお姉さまたちの歌に結ばれたり縛られたりしてみてくださいね!新しい何かに目覚めるかも…。

◇2014.7.25◇

【「なごたん。(得)」より13首!】
鬼・女・子供ためいきひとつずつ説得したきグラスのワイン
(いないずみ。)
得るために失っていく母親の欠けた奥歯をわたしは知らず
(綿菓子)
来たるべきその日に備え断捨離をすればスカスカ虚ろが残る
(ルイド リツコ)
拾得物係の恋は芽吹かないままに入道雲をむかえる
(ニキタ・フユ)
「損得は考えるな」と安全なエリアで叫ぶ上司は薄毛
(おちゃこ)
目の前で増えた命とうそぶけばその手で跳ねる蜥蜴のしっぽ
(気球)
クーポンが使える店から探してる どの店もまだ行ったことないね
(なのは)
いつもよりビールが売れる夜なのにスタジアムにはわたしがいない
(氷吹けい)
空を見てキレイだなぁと思えたらもう大丈夫とキミが言う夏
(劇団カルシウム)
からださえ遠くへ置いて抱きあえばわたしのものになるのだろう か
(けいこ)
アルバイト結婚式の給仕役ケーキの余りまかないに付く
(きょん姫)
点描の空を支える一点になりたかったの人差し指は
(新谷希)
勝ち取った七割引きの服を着て環状線をあと二周する
(廻)

なごたん。」こと名古屋女子短歌会のネットプリント第2弾、「なごたん。(得)」が出ました。
第1弾「失」に続き、今回もどストライクなお題に正面きって挑むあたり、さすがのなごたん。です。
今回、読んでいて、歌から読み取れる情報にとどまらず解釈が暴走する、いわゆる「読み過ぎ」が多発しました。これはけっして悪いことではなく、それだけ懐の深い歌が多いということですが、しかし解釈が合っているのか超不安。(いつものことやんけって野次が複数聞こえた気がしますがメゲずに頑張ります)
そこで今回は、解釈が比較的合っていそうな順に感想を並べました。下へいくほどカオスだよ。

鬼・女・子供ためいきひとつずつ説得したきグラスのワイン (いないずみ。)

鬼も女も子供も自分のことなのでしょう。多重人格というほどではないにしても、一人の人間に色々な人格が同居しているというのは、わりと誰しもうなずけることではないでしょうか。
この歌は、そのどの人格にもままならないことがあり、みんながため息をついている。そして鬼・女・子供のどれでもない自分が、彼らを説得しようとしている。 酩酊して彼らとの境界がぐちゃぐちゃになる前に、できる限りみんな納得して、次へ進みたい。おそらくはワインを一緒に飲んでいる恋人との関係の話なのでしょう。女性の心の葛藤、それに何とか折り合いをつけようとする健気さが切ないです。
(なんかもう、しょっぱなから誤読ぶっこいてる気がしないでもない・・; いないずみさんご容赦を…)

得るために失っていく母親の欠けた奥歯をわたしは知らず (綿菓子)

女性は妊娠出産する時に、胎児にカルシウムをつぎ込むために歯が弱ってしまい、歯周病になることが多いそうです。なのでいわゆる「親しらず」のある女性は、歯周病の温床となるため、妊娠前に抜いておく人が多いとか。(湯呑母談)
この歌がそのことを指しているのか、あるいは何らかの苦労によって歯を噛みしめすぎて欠けてしまったのを指しているのかもしれませんが、いずれにせよ母は「失って得る」激動の人生を選んで生きてきたのでしょう。
「わたしは知らず」は生まれる前のことだったから、という意味と同時に、出産をしたことのない私にはその生き方を真に理解することはできない、という思いもあるのでしょう。もちろん、「母」と「わたし」、どちらの生き方が尊いといったものではありません。絶対にありません。しかし、自分が経験することのなかった生き方を人から聞かされる時に感じるさみしさは、どんな生き方をしてきた人にもあるでしょう。なかなか向き合えないものと正面から向き合った、秀歌だと思います。

来たるべきその日に備え断捨離をすればスカスカ虚ろが残る (ルイド リツコ)

身辺整理をしたら「虚ろ」が残った、というのが面白いです。しかも「スカスカ」。この小馬鹿にしているかのような(!)「スカスカ」に、ほとんど怒りに近い悲しみを感じました。
「そんなんじゃないんだよ、物を片づけたら何もかも解決するんじゃないんだよ、片づければ片づけるほど虚ろが降り積もるんだよ!」
けっして断捨離がダメとかそういう話ではなくて(^^; すべての解決をもたらす万能薬などこの世にないと分かっていつつも、ついそれを夢見てしまう自分がいる。そんな、多くの人に思い当たるであろう苦い思いを見事に表現していると思います。

拾得物係の恋は芽吹かないままに入道雲をむかえる (ニキタ・フユ)

※初めから宣言しますが以下の解釈は超読み過ぎです(・・;

この歌は現実の話ではなく、一種の寓話だと思います。
拾得物係、つまり駅などの忘れもの管理係が恋をしたけれど、叶わないまま夏になってしまった。もくもくと湧き上がる入道雲を見上げる拾得物係くん。
入道雲は募る恋心の例えであるという他に、もう一つ重要な意味があります。入道雲は積乱雲、つまり雨雲です。入道雲の後は雨が降ります。これは「芽吹かない」恋が芽吹くチャンスです。そして土砂降りの中、拾得物係くんは気づくのです。
「僕は自分を『拾得物係』だと思っていたが、『遺失物係』ではないか?僕から見れば『拾得物』だが、失くした人から見れば『遺失物』だ。そんな相手の気持ちになれない僕だから、あの人は現れなかったのではないか」
そんな彼がふと振り向くと、夢にまで見たあの人が。めでたしめでたし。
…いかがでしょうか。とりあえずフユさんには小一時間土下座します。

「損得は考えるな」と安全なエリアで叫ぶ上司は薄毛 (おちゃこ)

一見よくある上司批判のようですが、「薄毛(うすげ)」にはっとしました。この上司もきっとかつては、無茶な命令に神経をすり減らし毛髪を減らし、長い長い苦節を経て、上司たる立場を得たのでしょう。
毛髪を犠牲にして手にした地位。あんたがミスター損得やがなと心の中でツッコみつつも、等価交換の世界の先輩に、まーしゃーないな、あんたはそこ(安全エリア)にいる権利があるよ…と苦笑している感じ。主体と上司の関係性が面白い歌です。

目の前で増えた命とうそぶけばその手で跳ねる蜥蜴のしっぽ (気球)

これは猫の話ですね!(断言)
猫ってよくトカゲをつかまえようとしてしっぽ切られて逃げられますよね。そして何が起こったかよくわからないまま、まだ動くしっぽをおもちゃにわちゃわちゃしてる。
そして、猫ってつかまえた獲物をわざわざ飼い主に見せにきたりしますよね。
「トカゲつかまえたらトカゲ2匹になったの!ほら!ほら!」
飼い主としてはどうツッコんでいいか、かわいいような残酷なような。そして実のところ猫やトカゲにとってはかわいいも残酷もなく、ただ本能に沿ってやっているだけ。畜生の浅ましさといえばそれまでですが、どちらかというと、人間がおせっかいな感傷をもっているに過ぎないように思えます。そんなおかしみを感じた歌でした。
えーとそれでは気球さん、猫の話ではないというところから解説お願いします。

クーポンが使える店から探してる どの店もまだ行ったことないね (なのは)

これはあれやね、「損して得とれ」の商売原則を客の立場から詠んだもの…にみせかけて、もっと大きなこと言うとるね。勝負事でも色恋でも、肉を切らせて骨を断つぐらいの気概のない奴はハナから負けとるちゅうことやね。どうしてわしはそう極論に走るんやろね。
#何キャラ #なのはさんごめんなさい消費者行動をどストレートに描くことで逆に深みがある歌だと思います!

いつもよりビールが売れる夜なのにスタジアムにはわたしがいない (氷吹けい)

うん。わからん。(白旗 ^^;)
スタジアム近くのコンビニ、またはスタジアム1階の売店でビールを売っているのでしょうか。野球が好きでこの仕事に就いたのに、肝心の熱戦が見られない。
これも一種の寓話的な例えで、野球に限らず、何かが好きで、それに近づきすぎたがゆえに見えなくなるものがある…という話ではないでしょうか。あるいは、半ば内輪の人間になってしまったために、もう純粋なファンの憧れではなく、様々な感情が入り混じるようになってしまった悲しみ。そのように「得て失う」ものが、誰しもあると思います。
(…画面の向こうで大ネコザメ姐さんとともに「…違う」とつぶやく氷吹けいさんが目に見えるようですもういっそ踏んでくださいー!><)

空を見てキレイだなぁと思えたらもう大丈夫とキミが言う夏 (劇団カルシウム)

この歌、「キミ」は恋人とかではなくて、いや恋人かもしれないけど、故人だと思うのです。「君」ではなく「キミ」であることの、世界を異にする感じ。
長い時間を経て、ようやく死別の悲しみから立ち上がる時に聞こえた、「キミ」からの最後の声。どこまでも明るく青い夏の空が、何とも美しく切ないです。

からださえ遠くへ置いて抱きあえばわたしのものになるのだろう か (けいこ)

この歌、最後の「か」は疑問形ではないと思いました。
詠嘆というのでしょうか、記号を補えば: 「からださえ~だろう」か…。 です。
「からださえ~だろう」はわかるようなわからんような(・・; まあそういう愛もあるのだろうというのが正直なところですが、私と同じく主体も、言われて一応うなずきつつも、何か釈然としないものを感じているのだと思います。なのに、相手はこちらの戸惑いに気づきもしない。ああ、この人は、この人とは、もう。
そんな気持ちが「か」に込められていると思いました。
さあ、それではけいこさん、「いや疑問形よ?」からの解説を(ry

アルバイト結婚式の給仕役ケーキの余りまかないに付く (きょん姫)

この歌は意味自体は実に分かりやすく、読んだまんまですよね。求人広告の一文なのだと思います。
面白いのは、「ケーキがまかないに付く」について読者がどう思うか、それをあえて丸投げしているところ。
幸せのおすそわけだー!うれしい!このバイトしてみよっか!なのか、いらんわゴルァ!!(# ゚Д゚)なのか、ケーキは別にどっちでもいいから時給はずめよ、なのか。反応はいろいろあると思いますが、なんとなく好意的な反応は少ないような気がします(^^;  でもこの広告の主は、ケーキを万人が喜ぶ特典だと思っている。このギャップが非常に面白いです。
まあでも、応募するのは広告主とだいたい同じ価値観の人だから、つまるところこの広告は成功しているのですね。よく言われる「就職は結婚みたいなものだ。相性で決まる」に、かつての私などはその決まり文句っぽさに鼻白んだものですが(^^; この歌のように示されると、すんなりうなずけます。

点描の空を支える一点になりたかったの人差し指は (新谷希)

点描とはその字の通り、細かな点の集合によって描かれる絵のことです。点だけにそれぞれつながってはいないわけで、したがって一点で支えることは不可能なのですが、この歌はそれをすると言っています。
この歌のポーズ、すなわち人差し指で空をさすポーズをすると分かりますが、「この指とまれ」ですね。集まって何かを成そうとしているわけです。人をまとめるのは本当にたいへんなことで、言葉は悪いですが、紐のついていないものを操縦するに等しい芸当です。
ひとりひとり独立した人格を、完全に掌握することなど不可能です。しかし全員が目的に向かって力を尽くすことで、限りなくそれに近づくことはできるかもしれません。例えばそれはなごたん。であり、あるいは先日大成功に終わった大阪短歌チョップではなかったでしょうか。
完璧はない、絶対にないと分かっていても、それでも何かを成すために、人はチームを組む。空に人差し指を立てることはとても勇気のいることで、その勇気を奮い、何かを成し遂げた人は、本当にすばらしいと思います。

勝ち取った七割引きの服を着て環状線をあと二周する (廻)

わははははまったくわからんわはははは(廻さん心底ごめんなさいm(_ _)m)
分かんないけど、全首中一番インパクトがあった歌でした。なんなんだこのつるセコさんは(^^;
七割引きの服を手に入れたことがうれしくて自慢したくて、外出したい。でもどこへ行くにもお金はかかる。環状線でぐるぐるしてれば一区間だけの運賃で済むから、何周もそれをやって、ぐるぐる回る電車の中でぐるぐる回って服を見せびらかしている。なんだこの書いてて酔いそうな光景は。
でもなんかこの人しあわせそう。人生得してる感じ。見せびらかすなんて恥ずかしい、という大人になっちゃった私たちですが、本当に欲しいものを手に入れたら、環状線を何周してでも見せびらかすのが正しいあり方であり、手に入れたモノも喜ぶのではないかとちょっと思いました。
例えば短歌の賞とか、何でもいいんですが自分が何かを得られた時、手放しで喜べる、周囲もそれを素直に賞賛する世界であり続けてほしいなあと思います。いま私の周りは幸いわりとそんな感じ。エゴサーチも公に言うのがはばかられるような、息苦しい世界が来ないことを祈ります。廻さんお歌をダシに言いたいこと言ってごめんなさい。良いダシ出ました。

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というわけで、読み過ぎを許してくれる、伊勢湾のように情け深いお姉様たちが揃っている「なごたん。(得)」のご紹介でした!さああなたも、来訪者を得させずには返さない名古屋魂の詰まった「得」を、きんきらのしゃちほこを思い浮かべながら読んでみてください。きっと、何かが得られるはずです。

*これ以前の記事は「かころぐ」をご覧下さい*


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